実施日:2022年5月6日(金)
1932年に成立した東京市35区が戦後、戦災による人口の減少に対応するため、区の統合が行われ、1947年東京都の23特別区が誕生しました。そのとき現在の23区の中で11区が、2区乃至3区の統合により成立しました。
旧区の境界はどうなっているか。
今回は新宿区を構成する旧四谷区・牛込区・淀橋区の内、牛込区と淀橋区の境界の今を探す街歩きです。19名の参加を得て実施しました。
江戸川橋駅を出発し、まず旧牛込区早稲田鶴巻町と旧淀橋区戸塚町一丁目の入組んだ位置関係を観察しました。穴八幡宮や放生寺が大半を占めた、かつての牛込区高田町は消え失せ、西早稲田二丁目1番となっています。しかし、西早稲田二丁目一帯は穴八幡宮の氏子ではなく、水稲荷神社の氏子という地縁はそのままです。
さらに広大な戸山町一~三丁目が御三家筆頭尾張藩の戸山屋敷だったと偲びつつ、旧町名が保存された若松町、余丁町、富久町と辿り、東京医大通りに至って解散しました。途中、都立戸山高校の前では、新制1期の同校OBが懐かしがる場面も。新宿区の公共施設「ここから」広場で休憩し、抜弁天を文字通り通り抜けました。薄日、薄曇の快適な一日でした。
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